天龍神社へ行こう!


こんにちは、気がついたら自力で自分の除霊をしていた人の、hisatoです。


さて本日は「天龍神社へ行こう!」です。

こちらの神社も、先日ご紹介した貴布禰神社の宮司さんや商店会の方のご協力を得て記事にさせて頂くことができました。

誠に感謝申しあげます。ありがとうございます。

それでは記してゆきます。



「天龍神社」

所在地

兵庫県尼崎市玄番北之町1-31のすぐ東側

御祭神

白龍

年中行事

歳旦祭

一月一日 午前零時より

厄除祭

二月一日 午前十一時

月次祭

五月一日 午前十一時

七月一日  〃

九月一日  〃

十一月一日 〃


御由緒

往時、此の辺り芦が群生し、水路の土堤に老松が三本あり、その根元に一体の白龍(大きな白い巳さん)が棲んでおりました。

付近の人々からいわゆる土地の主として崇敬され、祟りのないように祈ったものでした。

この地発展開発に伴い、昭和二十四年、新三和の初代会長の池田清一氏が創建此の処に天龍神社としてお祀りしております。

(出典:境内御由緒書)



境内の様子


とても小さな神社ですが、数年前に新調された鳥居はピカピカで、大切にお祀りされているのが解ります。

手水舎です


全体の雰囲気です。

神社を守るようにそびえ立つ楠さんですが、葉の茂り方がハートマークに見えます!

白龍様やお祀りする商店街の方、斎主(祭司)の貴布禰神社の宮司さん、お参りされる方皆さんの愛情が形となって表れているのではないでしょうか!

しかし、商店街の方にお話をお伺いすると、お世話する方の高齢化や予算などで、お手入れが十分に行き届かない状況だそうです。

境内は清潔第一だと思うのですが、なんとも気の毒です。

hisatoはお参りさせて頂くとき、こっそり掃き掃除をしています。(ここで発言しては、こっそりになってないですけど。)



所感


小さな境内ですが、とても力強い白龍様の御意思を感じます。

これからもまだまだ商店街を守っていく、と伝わってきました。すごい神様でらっしゃいます。


そして、気が付いたことがあります。

商店街の方のお話に依ると、天龍神社のある場所に白巳さんが現れたのは戦争直後だそうです。

この記事をご覧のあなた、戦争直後の「白巳」といえば、何か思い出すことはありませんか??

そうです。貴布禰神社の「榎社」には、『戦争直後、神社の境内にあった榎の根元に白巳さんがいた』とありましたよね。


(参考記事:「西本町貴布禰神社へ行こう!」


天龍神社の御鎮座する場所には、戦争直後の頃「玄番堀」という堀がありました。

その堀は貴布禰神社のそばまで続いていました。




写真は、貴布禰神社北側の近くの道路で撮影した、玄番堀の痕跡です。

そして、へびさんというのは、泳げますよね!

hisatoが思うに、天龍神社にいらっしゃった白巳様というのは、貴布禰神社にいらっしゃった白巳様と同じか、若しくは兄弟、親子だったのではないでしょうか。

このようなストーリーが浮かんできました。


『戦争が終わり、貴布禰さんの本殿は焼失し、人々も泥だらけで疲弊していました。

そんな中、貴布禰さんは日本の再興のためにあちこち見えないところで働いて力を尽くし、大忙しでした。

一方、玄番堀周辺では、自然発生的に闇市が起こります。

公認の商売ではありませんでしたが、これから立ち直って成長していこうと、人々の熱気に溢れていました。

そこで、貴布禰さんは考えました。

家族みたいな白巳さんを玄番堀の老松の根元に遣わして、商店街を支えようと。

その結果、立派なアーケードができる程の商店街にまで成長しました。

途中、平成12年になってアーケードを新調した時に火災が起き、資料なども焼失しましたが、天龍神社のお社や新三和商店街全体は守られました。』


そう思うと益々凄い神社です。

※このストーリーはhisato個人の想像ですのでご了承くださると幸いです。


ピーク時には130軒ほどあった新三和商店街のお店も、今となっては30軒ほどになり、毎月行っていた月次祭も予算の都合で隔月になりました。

しかし、近所の神田市場で商売をしていた人が願掛けをし、叶って30万円ほど寄付することもあったのがこの天龍神社です。

願掛けの際の御利益はしっかり頂けるかも知れません。



月次祭に参加しました!

写真はないのですが、参加させて頂きました。

お社の前には卵のパックやバナナ、果物など、沢山お供え物があります。

そこへ、貴布禰神社から宮司さんがいらっしゃって、祝詞を奏上してくださいました。
祝詞に合わせて風が吹いてるようで、白龍様の存在をひしひしと感じました。祝詞を奏上することってとても大切ですね。じーんと感動しました。

それが終わると、次に参拝の方お一人ずつお賽銭をし、宮司さんから榊を頂いて白龍様に納めます。

初めてでしたし、作法もきちんと心得ていなかったので、とても緊張しました。
だ、大丈夫だったでしょうか。。。

皆さん榊を納めると、宮司さんからお言葉を頂き(9月は8月の暑い時の疲れがどっと出て事故を起こしやすいので気を付けましょう、とのことでした)、お神酒が配られて終了です。

隔月になってしまった月次祭ですが、参拝される方はまだまだいらっしゃり、大切にされています。

これからもずっと続きますように、お祈り申しあげます。



天龍神社へのアクセス


阪神電車の出屋敷駅が最寄駅です。

阪神尼崎駅からでも参拝できます。

(1)のルート

阪神出屋敷駅北口ロータリーです。写真は南を向いています。

出屋敷駅北口ロータリーの北東部にある交差点です。
写真は北を向いています。
このまま横断して北上します。

すると、こちらの交差点に差し掛かります。写真はほぼ北を向いています。
東に向かって横断し、直進します。


途中このような風景を目の当たりにします。さらに進みます。


新三和商店街の入り口です。さらに進みます。


すると、「東京屋」というお店の角に到着します。

この写真のちょうど左端に通路があります。

この路地の突き当りが天龍神社(裏側)です。

(2)のルート


先ほどの、出屋敷駅北東の交差点です。写真は北を向いています。
この信号を右折して(東に)進みます。

すると、このような通りに出ます。さらに進みます。


線路沿いを進んでいるとこのような、新三和商店街の入り口に差し掛かります。
ここを進んでいきます。

途中、商店街の床には有名人の手形が!




凄いですね!

さらに北上していくと、先ほどの東京屋の角に出ます。

この写真のちょうど左端に通路があります。

この路地の突き当りが天龍神社(裏側)です。

(3)のルート

阪神尼崎駅北口から尼崎中央通商店街を通って行きます。

商店街をしばらく進むと、尼崎中央通商店街と三和商店街との交差点に出ます。
その交差点を南下します(進んできた向きから左折する)。

南下してしばらく進むと、右手側に「まるしげ」と「よしや」というお菓子屋さんが向かい合う十字路に着きます。

その十字路を西に進みます。

すると、手芸品を取り扱う「マルコシ」というお店が丁字路の左向かいの角に見えてきます。
その角を向かって左に(南に)曲がって進みます。

しばらく進んでいると、このような場所が左手に見えてきます。
中に入ってゆきます。

生い茂る楠さんのいる場所が天龍神社です。

(4)のルート

これは、阪神尼崎駅南口から五合橋線を南下し、寺町付近を通るルートです。
駅南口から五合橋線に出たら、南下します。

この交差点は「開明町2」です。写真は南を向いています。
右折して西へ進みます。



 どんどん進みます。


 すると、左手に貴布禰神社、右向かいの角に消防署が見えてきます。
この角を右に進んで北上します。

北上したら、商店街の入り口がみえてきますので、写真のアーケードの入り口(サンロード)を進んでゆきます。


写真はお店がお休みの時ですが、通常は天龍神社への入り口がお店の陰に隠れています。

こちらがお店が開いているときに反対側から見た天龍神社への入り口です。

こちらを進んでいくと、すぐに天龍神社へ到着です。



まとめ

いかがだったでしょうか。

お世話する方、お参りする方皆さんに大切にされている神社です。

近くへお越しの際は、ぜひ参拝されてみてください。

白龍様の熱い思いが感じられるかも知れませんよ。


参考になれば幸いです。

今日も一日良い日が過ごせますように。




☆ここまで読んでくださりありがとうございます☆
☆あなたに光のご加護がありますように、ご祈念申しあげます☆